言葉の余韻

日々の暮らしから感じるさもないこと
宝物のような想い出や
辛過ぎた思い出さえも
言葉で編んで誰かにお届けすること、
それが自分の役割だと思い
ひたむきに向き合って現在に至ります。

愛読者の方や、長い間ブログを読んで
くださっていた方々、友人達から寄せられる
「癒される」という言葉は
足りぬ部分ばかりの中での失敗や
様々な経験から得たことでの
「誰かの気持ちに添える共感力」
が知らぬうちに育ち
それを言葉を使ってより具体的に
印象深く表現できるからなのかなと思います。

先日、友人が話していたことを
真剣に聞きながら自分とも重ねて
気付いたことがありました。

その人にとって
「受け入れなくてはならない
避けがたい状況」に身を置かれ
それは真っ暗闇で、光も射さず
誰も道を照らしてはくれないような、
人生でみたら、とても大きな試練の時、
(それを一言で表すならまさに孤独ですが)
その時に思いも寄らぬ形で周りの人たちの
たくさんの言葉に力をもらったと話していました。

全てを投げ出したくなるような
嘆きの真っただ中だからこそ
言葉が暗い道を灯して導く光になったのだろうし
現在只今も、その人の原動力になり
信念ともなって、照らし続けているのでしょう。

言葉は思うよりも深く
自身にも、相手の心に響いて
広がって、余韻を残してゆくものなんですね。

消し合うのではなくて
灯し合えるって美しいなと思いました。

Diary

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