誰もがくぐってゆくこと

昨日はPARCO宇都宮店勤務でした。
ラストは20時、お客様も少なくなり
ポッと時間が開いたところへ
Tさんがやってきました。

中々時間が取れない日々が続いていたので
LINEを通して相談事を聞いていたけれど
多分、それでは足りなかったのでしょう。
顔を見て安心したのか
ポロポロ泣きながら近況を報告してくれました。

詳しいことは書けませんが
大切な人との別れ
場所との別れがあったら
誰もが孤独を感じ
自分をひとりぼっちだと感じてしまいがちです。

「ちいさい頃に愛された記憶がなかった
誰も自分を理解してくれない
だからこそ、相手に解ってほしいし
優しく接してほしい」
そう願って迫れば迫るほど
相手は逃げてゆきます。

その哀しみや辛さを全て
過去全部を丸ごと飲みこんで
「そうだった」と深く受け止めなかったら
決して前には進めないでしょう。

何故なら、自分を真から
理解してくれるひとなどひとりもいないからです。

共感力で寄り添ってくれるひとはいるかもしれない。
けれど、本当の意味で理解して寄り添えるのも
求めたものを叶えてくれるのも
他でもない、自分自身だけだと私は思います。

自分を諦めず愛してあげなければいけません。
過去の耐えてきた自分を認めてあげて
自分自身に軸を持たなければ、
折れてしまいそうでも
ただやり過ごしているように感じても
無理やりにでも意識を変えていくことで
知らぬ間にそれは積み重なって
哀しみが強さに変わってゆきます。

その強さが軸になれば
求めても仕方がないことだと理解でき
キュウキュウだった心にゆとりが生まれ
相手に対して求め過ぎることもなくなります。

不思議に思うのですが
私を支えて教えてくれた人達は
みな強さと優しさがセットになっています。

繰り返し痛みを負い、胸を痛めても
起きた事柄を切り離さず
真正面から受け止めたからこそ
痛みを強さと優しさに変えられたのでしょう。

相手を想う優しさがあるからこそ
厳しい言葉の中の真理を見い出せ
受け入れて頑張れたような気がします。

これは誰もがくぐってゆく道。
泣きながら踏ん張って
(笑いも足しながら)乗り越えなければ。
胸を締め付ける過去も、終わった事だと割り切る、
不確かで怖いかもしれないけれど
諦めずに何度も舵を切っていかなければなりません。

辛い時こそ笑わなければ!
Tさんを笑わせてから見送りましたが
何度でも、自虐を交えて笑わせようと思います。

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